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沈黙は絶叫と背中合わせ

02 27, 2014 | Tag,コミュニケーション

ラテン語の格言に学ぶ


沈黙にも意味がある


無言こそが最大のメッセージ

印刷待ちをしながら、PCのドキュメントを整理していたら
一節のラテン語の格言が目に飛び込んできました。

『Cum tacent clamant. 
~彼らが沈黙しているとき、彼らは絶叫しているのである~』


沈黙には意識が働くときとそうでないときがあります。
無意識のこころの叫びは誰にも聞こえません。
そのため、ついつい耐えられなくなって沈黙を破ろうとすることも・・・。

けれど、絶叫しているときにはどんな言葉をかけても届かない。
積極的に待つことが、結局は何よりものやさしさだったりするのですね。

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八方ふさがりの局面、あなたならどうする?

10 18, 2013 | Tag,八方ふさがり,前門の虎,後門の狼

前門の虎後門の狼」という古いことわざにみる


一つの災いを逃れても別の災いに遭うこと


二者択一以外にも選べる道がある

前門の虎後門の狼」という古いことわざがあります。
これは、一つの災いを逃れても別の災いに遭うことを意味しています。

ひとつの災いから逃れるならまだしも、泣きっ面にハチ状態で次の災いがふりかかったとき、あなたならどうしますか?

目の前にトラがいて後ろにオオカミがいる場面に遭遇するなど、実際にはあり得ないことかもしれませんが、想像力の豊かな方なら何かしらの場面が思い浮かぶかもしれませんね。

映画のワンシーンであれば、場面は崖っぷちというのがイメージしやすいでしょうか。 
しかも両サイドが断崖絶壁ともなれば、逃げ場もなす術もない、まさに窮地に立たされた八方ふさがり
ハリウッド映画であれば、バンジージャンプさながら頭から飛び込んで真っ逆さに崖下に落ちるか、崖から片足をはずし、もう片足も宙に浮かせ笑顔でその場から消えるというお決まりシーンがつきものです。

目が覚めるとそれが夢だったり九死に一生を得ているなんていう、インディジョーンズやダイハードの主演を気どり、運を天に任せてみるのもいいかもしれませんが、その先は台本通りにいく補償がないのが悲しいところ・・・。


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ロジカルな思考よりもハートに従う

さて、目の前にトラがいて後ろにオオカミがいる場面はあまりに強引な設定ですが、仮にこのような窮地に立たされた場合は、ロジカルに思考を巡らす余裕などないのが普通です。

相手が猛獣とあっては、会話で折り合いをつけるなど端から無理なのですから、ここで理屈は通りません。
となると、私たちは自分のこころに問うてみるしかないのです。

「どうしたいのか」


緊張すればするほど呼吸は浅く、視野が狭くなり周囲の状況が読めなくなるものです。どうしたいのかもわからないほどパニックになったのなら、 深呼吸や背伸びをしてみたり、軽く跳びはねるだけでハートが目を覚まします。ここはひとまず深く息を吸って吐いて呼吸を整えましょう。

ハートが目覚めた途端、もしかしたらトラやオオカミを前に

『襲わないでくれ~!生きていたいんだよ~!!!』

と、つい大声で泣き叫んでしまうことだってあるかもしれません。
その大声に驚いて猛獣たちが逃げていくことだって考えられなくはないのです。

または、深呼吸をする瞬間に上を見上げたら、たまたま銃を持ったハンターが歩いていることだってあり得るのです。
(そんなことしてる間に喰われてしまうという意見も否定はできませんが・・・(笑;)
予測できないことは、何も悪いことばかりとは限らないのです。


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Aを選んでもBを選んでも後悔するときがある

ありえない例え話で遠回りをしてしまいましたが、人生には、苦渋の決断を迫られてイエスかノーか決めねばならない状況や、分かれ道の分岐点でどちらかを選択しなければならないことがあります。

Aを選んでもBを選んでも、決断した道とは別の方を選ぶべきだったのではないかと思うことが案外あるものです。

「あのときあっちを選んでいればもっといい人生だったかもしれない。」

というように、現状に満足していないほどタラレバ思考(~していれば・~だったら)に陥りがちです。

どうすればもっとよくなるかという思考を働かせることは大事なことですが、もっと大事なのは、選択する時点で『あたま』で考えて答えをさがすのではなく、こころに素直に従ってみることではないでしょうか。

「こっちを選べばこうなって、そうすればこうなる」よりも、
「こっちが好きだから、こうしたいから」
という理由を優先したほうが、たとえ後悔が残ってもこころの傷が浅くて済みます。

「もっと深く考えて選ぶべきだった」と、思慮が浅いことにより後悔が残る場合もありますが、人生の重大な決断であればあるほど、「そうしたい」と思う感覚や勘を大切にしこころを自由にしてみることにより、思考も柔軟になり「こうしたい」「こうしなければならない」というこころの葛藤に折り合いがつくようになるのです。



naxos sunset cliffs



荷物を手放さないと前に進めないことがある

こころの声も聞こえてこなくなったときは、しがみついているものや両手に抱えたものを一旦手放す勇気も必要です。こだわりや執着、そして固定観念などを手放すか否かで見える世界が違ってくることもあるのです。

まさに「前門の虎後門の狼」を味わったことのある私は、文字通り八方ふさがりの時期がありました。
けれど、「目の前の八方はふさがっていても、天辺は空いているかもしれない」と、ふと三次元でとらえられたら、自分の意思ではどうにもならない不可抗力なものに、抗うということ自体ムダな抵抗なのではないかと思えるようになりました。

そこで『委ねる』という選択肢もあるのだと思うことができたとき、うねっていたこころの波の中で抗って溺れそうだったものが、波に委ねて身を任せているうちに、いつの間にか穏やかな別の海流に乗ることができたことを実感したのでした。

窮地に立たされたときこそ、暗闇の八方ふさがりの中にいるときこそ、「抗わないでみる・委ねてみること」
そして、苦しみから逃れるための出口を自分でふさいでしまっていることに気づくようになったら、きっとかすかに射しこむ光が見えてくるはずです。




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子どもを生きることができなかったアダルトチャイルド(3)

08 19, 2013 | Tag,喪失感,インナーチャイルド,アルコール依存,アダルトチャイルド

子どもの頃の痛みの正体をさぐる


喪失が起こるメカニズム


子どもは「今ここ」を生きる

夏休み真っ盛り。
「子どもや夫が家にいる夏休みがゆううつになる」というお母さまがいらっしゃいます。
ふだんの生活のペースが乱れてしまうことに苛立ちが隠せないようです。
家事の量が増え、自分の時間が持てなくなることさえあるわけですから仕方がないのかもしれません。
でも、そんな母の気持ち子知らずで、大好きなお母さんと長い時間一緒にいられる子どもたちにとっては、とてもとても幸せなことなのです。

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本当の気持ちを表せない子ども

さて、お子さんが「ねぇ~ママ~、あのね~」と話しかけてきたとき「今忙しいから後にして」や「あっちに行きなさい」などと、つい自分の都合を優先し、感情をそのまま子どもにぶつけてしまうことはないでしょうか。
毎日の日常生活の中ではそれも致し方ないことですが、親の忙しそうな背中や夫婦ゲンカなどによって子どもを寄せつけない態度をとってしまうと、子どもは拒絶されたと感じ、しかも自分のせいだと感じてをしまうことがあります。
ましてやあからさまに無視されたり、打ちのめされるようなレベルで心身がさらされたら、子どもにとっては生死にかかわる深刻な問題になります。そう、子どもにとってはそう言っても過言ではないくらいに重大な出来事なのです。
こういった極端な拒絶が慢性的に繰り返されると、「喪失感」を長く引きずることになり、本当のことを言ってはいけないし、感じてもいけないということを自然に学習して育っていくことになります。

自分が見聞きしたことや思ったままを口にしたら罰を受けたり無視されるに違いないと思ったり、話すことで大事な人を裏切るのではないかなどと、子ども心に本当のことを口にしてはいけない空気感を察し、心に傷を抱えてしまうのです。

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環境が支配する土台が真実を見えなくする

あなたの育った環境は?


親がアルコール依存だったり、再婚や恋愛でパートナーがコロコロ変わる母親に育てられたり、家族の諍いが絶えないとか、身体的虐待・性的虐待、両親の顔すら知らずに育った人、息が詰まるほどの厳格さに支配された家庭で育った人、人に言えない事情を抱え住居を転々とした家庭で暮らした人など、人の数ほどいろいろな生育環境があります。
その環境によっては、話せば聞いてもらえるという信頼感を持てずにオトナになっている人もいるはずです。

子ども時代の痛みを抱えたまま生きているアダルトチャイルドは、自分を守るために無意識のうちに痛みに対するさまざまな防衛法を身につけています。

つづく



癒しの音楽

Yiruma - Chaconne


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子どもを生きることができなかったアダルトチャイルド(2)

08 09, 2013 | Tag,依存症,アルコール依存,共依存,食べ物依存,セックス依存,ドラック依存

憶えてる?子どもの頃の心の痛み


コントロールする子ども


子ども時代を子どもらしく過ごせなかった人

さまざまな依存症や各種障害、うつ病などの根底には、子ども時代の喪失体験があるといわれています。
アダルトチャイルド(以下AC)の多くは、一見すると普通の立派なオトナとして社会に適応しているのですが、
実は内側にオトナになりきれていない部分を抱えていたりします。
それは、子どもっぽいという意味とは全く違うもので、
むしろ、人並み以上に社会的責任を背負い込んでいることも多いのです。

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ACは、子どもらしく子ども時代を過ごすことができなかった人のことをいいます。自分の感情のありのままを周囲に要求することができなかったことによって起こります。
遊びに夢中になり創造力豊かな生き生きとした自分をどこかへ置き去りにしたまま、本当の気持ちを抑え感じないふりをしたり、誰にも助けを求めず自分だけでなんとかしようとするコントロールする子ども時代の痛みを抱えたままでオトナになった人のことなのです。



依存症の根底にある未解決の喪失感

ACは、子どもの頃の未解決の心の痛みを抱えたまま、オトナになっても手探り状態で生きています。
それは、慢性的な喪失感をもっているから。
この漠然とした喪失感を何か人やモノで埋めようとして、依存的になることがあります。
何かに依存することによって、痛みをコントロールしようとする「自己治療」、それが食べ物依存アルコール依存セックス依存・ドラッグ依存・共依存などなどです。
でも、残念なことに、この自己治療は本当のつらい原因やその背景を取り除いてはくれません。

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ただ漫然とした虚しさ、何かが足りないような感じ、自分がダメなように思える不安・・・
この漠然とした喪失感を何か別のもので埋めようとしても虚しさは消えるものではありません。
必要なのは、自分が何を失ったのか、その正体を確認することです。



癒しの音楽

Kevin Kendle - Sunlight §





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子どもを生きることができなかったアダルトチャイルド(1)

08 07, 2013 | Tag,インナーチャイルド,アダルトチャイルド,

インナーチャイルドを大切にする


子どもの自分と出会うことは、生き生きとした自由な自分と出会うこと


年齢を重ねても私たちの中に生きている


私の子どもの頃に時代をさかのぼって想いを馳せてみると、色つきの情景に「音」や「感触」に季節の匂いつきで、まるでスライドショーのように場面が切り替わる形で記憶が蘇ってきます。
自分が主人公のストーリー・・・その情景は主に自然の中で遊ぶ子どもらしい子どもです。

私が子どもらしくいられたのは、おそらく小学校に上がる前まで。
その頃の記憶は、不思議ですが昨日のことのように鮮明に覚えています。


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当時、実家の三軒ほど先には小学校があり、学校の遊具のあるところが私の屋外プレイルームでした。
ブランコ・すべり台・花壇など、すべてが揃っている巨大なオモチャ箱ともいえる学校の一画で、ポプラの木も草っぱらも、地面も、全部おもちゃに変身させてしまう力が、地球の子である私には備わっていたような気がします。


中でもブランコはスペシャルなオモチャでした。
高く高く空を仰ぐようにブランコをこぐと、どこか夢の世界へ行ったような感覚になったものです。
そのブランコから見える赤く焼けた西の空、肌にやさしい風がひんやりとしてくる頃には、一番星も顔を出し、お陽さまの匂いが湿り気を帯びた甘い草の匂いに変わり、焼き魚の匂いが混じる頃が、家へ帰る時間でした。

nature.png



子どもは「今ここ」を生きる

子どもは大地が、地べたが、風が、空や木々が好きです。
この世界が自分の友だちだと信じていて、常に移りゆく景色への好奇心と感受性に満ちているのは、「今ここ」に生きているからです。

このような純粋で、周囲の世界と絆で結ばれた子どもは、年齢を重ねた今も私たちの中に生きています。
「インナーチャイルド」という内なる子どもの姿は、本来はこういった直観力にあふれ、生命力のかたまりのような存在のことをいいます。


♫癒しの音楽
Sunflowers │ Kevin Kendle ℗ 2001 New World Music






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